05 8月 2008 |
塾 |
Comments Off
とはいえ、やはり塾の大道といえば、やはり受験対策になってきますよね。
中学受験、高校受験、大学受験いろいろありますが、ここでは、中学受験を中心に話していきたいと思います。
中学受験ということは、小学生が受験勉強するということになるので、やはり塾などによる中学受験対策が必要となってくると思われます。
以前にも述べたように、受験対策に対応した塾のことを『進学塾』と呼びます。
特に難関校と呼ばれている進学塾対応に特化した進学塾もあります。
次回からは、それらの塾について触れていきたいと思います。
30 7月 2008 |
塾の重要性 |
Comments Off
塾といえば、中学入試等の受験対策の進学塾を想像される方も多いかもしれませんが、私の義姉や甥のように、中学受験を目標とせず、勉強を楽しく学ぶ(どこかのメジャーな学習塾のようですが)ことを目的に塾を利用することもとても大切だと思います。
「そんなことの為に、お金を払うのはもったいない」
とお思いになるかもしれませんが、では、ピアノやバレエといったお稽古事とどこが違うのでしょうか。
音楽好きになってほしいから、情操教育のため、それと一緒だと思います。
教育ママのようにとらえられるかもしれませんが、勉強を楽しむことは、これからの社会において、どの分野にも通ずるツールになると思います。
私のような社会人だって、新しいことを『学ぼう』と思わなければ、何も吸収できませんからね。
ま、これは私の個人的意見なのですが、甥があまりにもキラキラとした眼で学校へ行くようになったので、ちょっと熱くなってしまいました。
28 7月 2008 |
甥の入塾 |
Comments Off
前回言っていた勉強嫌いの甥も渋々ではありますが、塾へ行くことになったようです。
行っている塾は、メジャーなところではなく、近所の教免を持つ主婦の方が家で行っている塾。その名も『なかよし塾』です。
名前が可愛らしくて笑ってしまったのですが、そこへ週1回行くようになってから、ずいぶんと甥の勉強への意欲が違ってきました。
仲のいい友達と一緒に先生の家に行き、2時間ほどドリルや、先生オリジナルのプリントをやっている模様。
塾に参加する前に、甥の得意なことを義姉から先生がこっそり聞いておいて(時計の読み方が得意)、それをみんなの前で実際にさせて褒めてやる。
甥はとっても得意そうに私にも話してくれました。
逆に甥の苦手な算数を友達が得意でほめられていると、闘志がわいてきたようで、以前とはまるで勉強に対する意欲が変わってきたように思います。
私同様、勉強が好きになるきっかけをくれた塾に巡り合えてよかったと思います。
23 6月 2008 |
甥の入塾 |
Comments Off
ところで、私の甥は、現在小学一年生。まだまだ遊びたい盛りです。
しかし、小学一年生といえば、学ぶことへの喜びに満ち溢れている年頃ではありませんか?
しかしながら残念ながら、私の甥は、勉強はおろか、宿題だって大嫌い。
学校から渡されている『お知らせ』のプリントすら母親に見せていません。
原因は分かりませんが、ま、これも個性の一つなんだろうと思います。
しかし、このままでは授業についていけず、私の初期の高校生活のように勉強することが苦痛でしかなくなってしまいます。
受験勉強に嫌気がさしたとゆうわけではなく、ほんとの初期の『学ぶ楽しさ』を知る前に勉強嫌いになるのはとても悲しいことだと思います。
そこで、義姉もなんとかしなくてはいけないと、公文式やそろばん塾など子供に勧めてみてはいるのですが、なかなか首を縦に振ろうとしていないようです。
手遅れになる前に、長期戦になるかもしれませんが、頑張って学ぶ楽しさを甥に教えてあげて欲しいと口には出しませんが、思っています。
18 6月 2008 |
塾 中学受験 |
Comments Off
現在親の世代である私たちにとって、『中学生の子供が寮生活になるなんて可哀そう』と思われる方が多いかもしれません。
私も、幼いころ児童図書でイギリスの同世代の子供が寮に暮らしている話を読んで
『?????どうして家族と一緒に暮らさないの?』
ととても不思議に思ったものです。
でも、最近話題を呼んだ『ハリポッター』シリーズでは、上級生が下級生の面倒を見ていたりと、とても生き生きしているように思われます。
現にあの話のモデルとなった学校・寮は存在しているのですから、物語の中だけの話ではないことです。
塾へ行かなくても、学校生活だけでそれ相応の学力が身についているのでしたら、夜遅くまで外出していたりしているよりも、中学受験で合格して、寮生活している方が、良いのかもしれませんね。
24 5月 2008 |
塾 中学受験 |
Comments Off
自分のことばかりつらつらと述べていても誰も楽しくないので、本題に入っていきましょう。
前回述べたように、塾には、大きく分けて学習塾と進学塾に分けられます。
主に小中学校の放課の後に、有償で学力の補強や学習の補助などをする施設のことを学習塾といい、一般的には、単に塾(じゅく)と呼ぶことが多いです。
塾でも特に受験対策を行う塾のことを進学塾ともいいます。
私の頃は、受験といえば、高校受験を目標にして受験勉強していればよかったのですが、今の進学受験のメインは、中学受験に移行しつつあるようですね。
寮のある中学では、寮費が高額な分、放課後が充実しているため、塾に行く必要が無く中学の授業料+寮費を高額ととらえるかどうかは単純に考えられなくなってきているようです。
10 5月 2008 |
塾 |
Comments Off
前述で「初めて入った塾」と述べていましたが、実は他にも、某有名進学塾の夏期コースへ行ったことがあります。
そこは、大学の教室のように階段状になった教室で、大学生らしき講師が50人以上の生徒にプリントを配り、解説をしていました。
やっていることは、高校の授業と大差なく、私は授業中にあてられ『分かりません』と答えるのが嫌で1日で辞めたのです。
生徒は有名大学への進学率の高い高校の生徒もおり、レベルは高かったのでしょう。
私にはとてもついていけるものではありませんでした。
進学塾とは、その名の通り、進学を目的とした塾のことであり、夏期講習という短期的なコースはいえ、私のような落ちこぼれには、難がある講義でしたが、それなりのレベルを持っている人には、かなり有効的なものなのではないでしょうか。
私には相性が合わなかったのですね(レベルも含めて)。
23 4月 2008 |
塾の重要性 |
Comments Off
生まれて初めて塾なるものに入ったのですが、そこは机が10個ほどある小さな部屋。
生徒は勿論私と友人の二人だけです。
確かにこの空間で、講師と二人きりは息苦しいかも。。。。。
この塾で教わったのは、数学だけだったのですが、講師と相談した結果現在の授業の復習をしていき、つまづいたところを見ていく際に、それ以前からつまづいている部分も見えてくるだろうから、その都度説明するといった学習方式になりました。
友人が難解な方程式を解いている最中に私が数Ⅰの初期問題の説明を受け、説明終わったころに友人とチェンジといった感じの授業です。
説いている問題にレベルの差がありながら、同時に見てもらえて人見知りな私としても、個別指導でありながら、とても有意義な指導を受けることができました。
おかげで、数学の順位はめきめきと上がり、赤点常連だった私が、上位表示されるまでになりました。
高校3年時に何も知らない担任は、「何故理系に行かなかったのか?」と言ったほどです。
私にはここの塾があっていたのですね。
苦手科目の成績が上がると、他の教科も徐々に成績が上がってくるようになり、全体的に大学受験を受けれるだけの偏差値がついてきました。
08 4月 2008 |
塾の重要性 |
Comments Off
では、なぜそんな落ちこぼれが4年制大学に合格できたかというと、それは、自分に合った『塾』に巡り合えたからです。
高校に入学して、まず最初にぶつかったのが、『何を質問したらいいかさえ分からない』といった、それはそれはどん底状態に陥ったことです。
前述のように中学時代は『自称頭がいい』ですから、授業は半分にしか聞いていなくても、友人のノートで救われていましたが、高校ではそうはいきません。
ましてやまだまだノートを貸してくれる中の友人はできていませんでしたから。
職員室に行って質問しようにも、何を質問すればいいかすら分かりませんでしたから。。。
そのまま高校2年の後半まで、赤点に次ぐ赤点で生活していました。
そんな時、友人から学習塾を勧められたのです。
そこは、個別指導型の学習塾だったのですが、友人と講師のマンツーマンで少々息苦しいから、一緒にどうかとのことでした。
彼女は理系の特進クラス。一方私は入学時からの落ちこぼれ。大丈夫か心配だったのですが、講師は(収入も増えるからだろうが)快諾してくれました。
21 3月 2008 |
塾の重要性 |
Comments Off
少子化だと叫ばれてはいても、今の世の中、子供にとっては『受験戦争最盛期』といったところではないでしょうか。
私は一応4大卒ではありますが、高校受験でかなり無理をして入ったため、高校受験時に“燃え尽き症候群”もどきに一人前になってしまいました。
そのため、入学時は上位50番以内をキープしていたのに、卒業時は下位150番以内をキープするほどに落ちぶれたものです。
そもそも私は元来『勉強ができる』タイプではなかったのに、中学時代は周りの友人に恵まれ、週に一度その友人たちからノートを借り、知らないうちに効率のいい勉強方法をまる写しさせていただいていたのです。
そこで、気付けばよかったものを、勝手に「私は勉強しなくてもできる」と思いこんだために、勉強はさらさら熱心にならず、授業についていけなくなり落ちこぼれへと転がり落ちて行ってしまったのです。